神像って?
神像(しんぞう)
神道では神像(しんぞう)をつくらなかったが、仏像の影響により、神社の境内に神宮寺と呼ばれる寺院が建てられ、神像が制作されるようになった
神像は人間をモデルにしながら、神性を表現しているものと、明王や天部の姿で表されたものがある
習合像(しゅうごうしん)は、神と仏は一体のものであるとする「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」によってつくられた
神像がつくられはじめたのは、奈良時代です
如来や菩薩が神道の神として現れたものを「垂迹神(すいじゃくしん)」という
如来や菩薩が仮の姿で現れたもの「権現(ごんげん)」という
神像は、簡素な木彫像が多い
男神(だんしん、おがみ、おとこがみ)は冠や袍(ほう)を身に着け、笏(しゃく)をもつ
女神(じょしん、めがみ)は背子(はいし)(袖のない上衣)十二単(じゅにひとえ)をまとう
武装系の大将軍神(だいしょうぐんしん)、大黒天(だいこくてん)姿の大国主命(おおくにぬしのみこと)、僧形の八幡神(はちまんしん)などもある
●女神坐像(じょしんざぞう)
建部大社(たけべたいしゃ)(滋賀県)
重要文化財
平安時代
像高 41.2㎝
古くから朝廷に信仰され、日本武尊(やまとたけるのみこと)を祭神とする建部大社に伝わる女神像
しぐさが、とっても可愛い
●箱根神社神像群(はこねじんじゃしんぞうぐん)
8躯の神像が、平安から鎌倉時代に制作された
・男神坐像(だんしんざぞう)
箱根神社(はこねじんじゃ)神奈川県
平安時代(11世紀前半)
像高 67.5cm
檜(ひのき) 一木造
関東地方では最も古い神像の一つです
・女神坐像(じょしんざぞう)
箱根神社(はこねじんじゃ)神奈川県
平安時代(11世紀前半)
像高 60cm
檜(ひのき)
大袖衣にひれのある唐装束の姿です
やや伏し目の穏やかな表情です
・女神立像(じょしんざぞう)
箱根神社(はこねじんじゃ)神奈川県
鎌倉時代
像高 57.8cm
一木造
唐衣を着た宮中女官風
袂(たもと)にかくした左手を頭上に挙げて、その袖を後方に背負う姿は、ちょぴりユニーク
●八幡三神坐像(はちまんしんざぞう)
東寺(とうじ)教王護国寺(京都市)
国宝
平安時代(9世紀)
最も古いもので、かつ神仏習合像の代表的な作品
八幡神の左右に女神像を配する形式
三神は同一の木材から作られたと思われ、それは、木に対する当時の日本人の感覚(神のよりしろとしての木)を反映している
〇八幡神像
像高109cm
八幡大菩薩 応神天皇(おうじんてんのう)のこと
剃髪(ていはつ-丸がり)し、袈裟(けさ)をまとい、右足を外に結跏趺坐(けっかふざ)する
〇二人の女神像
高貴な女性の姿を反映している
女神像は髻(もとどり-髪の毛を頭上にまとめている)を結い、髪を両肩前と背後に振り分けて垂らす
衣装は唐服、袍衣(のうえ)と背子(はいし-袖のない上衣)を着け、手は左に持物、右に印相を結び、結跏趺坐(けっかふざ)する
・神功皇后(八幡神像の向かって右 女神)
木造
像高 113.5cm
・仲津姫(八幡神像の向かって左 女神)
木造
像高 111.7cm
●男女神坐像(だんじょしんざぞう)
奈良国立博物館
少し不満そうな男女の顔が、印象的な造形です
・男神坐像(だんしんざぞう)
鎌倉時代 13世紀
像高 40.0㎝
木造 一木造 彩色
冠をかぶり、袍(ほう)と呼ばれる上着を着用する官人の姿で、手には笏(しゃく)をもっていたと思われる
・女神坐像(じょしんざぞう)
鎌倉時代 13世紀
像高 38.9㎝
木造 一木造 彩色
和装姿で、左手は袖の中に隠れ、右手は髪に触れている
●松尾大社の三神坐像
松尾大社(まつおたいしゃ)(京都市)
9世紀半ば
男神坐像は二軀とも幞頭冠(ぼくとうのかん)をかぶり、袍(ほう)を着け、両手で笏(しゃく)をとって坐る
三軀ともに、脚をのぞく頭体を針葉樹の一材から造形、内刳(うちぼ)りはしていない
由緒のある木を伐採し、その同一の木で作成された可能性がある
・女神座像
像高 87.6㎝
頭髪を腕前と背面にたらし、大袖の衣と背子(はいし-袖のない上衣)、領巾(ひれ-長いストール)、裙(くん)を着け、両手で持物をもって坐る
・男神坐像 老年相
像高 97.3㎝
しぶい顔は、東洋的な神仙の姿に迫ろうとしている
・男神坐像 若年相
像高 96.4㎝
●八幡三神坐像(はちまんしんざぞう)
薬師寺(やくしじ)八幡神社(奈良県)
平安時代 9世紀
一木彫
彩色(白土を塗り、彩色が良く残っている)
僧形八幡神像を中央にして、左に神功皇后像、右に仲津姫命を配する
・僧形八幡神像(そうぎょうはちまんしんぞう)
像高38.8㎝
八幡神像は袈裟(けさ)を着け、左手は掌を上に向け、右手は膝の上で掌を伏せている
初期の神仏習合の姿で表されている
・神功皇后像(じんぐうこうごうぞう)
像高33.9㎝
豊かな髪を左右に分け、両腕まで垂らし、さらに頭頂で束ねて背面の腰辺まで垂らしている
唐衣装姿(からぎぬもすがた)
顔はきびしい
・仲津姫命像(なかつひめのみこと)
像高36.8㎝
神功皇后像と同様に、右足を穏やかに立てて坐る
神功皇后像とは衣装も変え、着衣の文様も丁寧に描かれている
●高来神社(たかくじんじゃ)の神像群
高来神社は、神奈川県 高麗山(こまやま)のふもとにある
神像はかつて高麗寺に安置されていたが、明治時代の神仏分離令によって高麗寺は廃寺となった
神像は2000年に行われた町の調査で、高来神社の床下から偶然発見された
神像はいずれも鎌倉時代に製作されたもの
神像群としては珍しく、全て立像です
・男神立像
頭部に冠をかぶり、あごひげを伸ばし威厳のある表情
袍(ほう-上着)の上から、さらに袈裟(けさ)を着けている
・女神立像
宮中女官風の姿で、両肩にかかり背面で結ぶ帯がある点が、神装束として特殊です
●童形神坐像(どうぎょうしんざぞう)
奈良国立博物館
平安時代 12世纪
像高50.7㎝
木造 彩色
●木造僧形八幡神坐像(もくぞうそうぎょうはちまんしんざぞう)
東大寺(八幡殿)(奈良市)
国宝
奈良時代(1201年)
像高87.5cm
木造
快慶作
800年経過しているのに、彩色が見事に残っている
台座や光背のみならず、右手に持つ銅製の錫杖(しゃくじょう)までも当時のものです
●伽藍神立像(がらんしんりゅうぞう)
奈良国立博物館
鎌倉時代
像高 56.3㎝
かつて この像は大黒天とされていた
●大将軍神坐像(だいしょうぐんしんざぞう)
奈良国立博物館
平安時代
像高 68.5㎝
大将軍は陰陽道(おんみょうどう)における方位の神
■蔵王権現(ざおうごんげん)とは垂迹神(すいじゃくしん)
蔵王権現は、日本の山岳信仰と仏教が結びついて生まれた垂迹神(すいじゃくしん)(習合紳)です
奈良時代、山で修行をする修験道(しゅげんどう)の祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)が、大和国吉野金峰山中で守護神を求めて祈ったところ、左足で岩を踏んで、出現したのが蔵王権現
眼を見開き、髪を逆立て、忿怒(ふんぬ)の相をして飛び跳ねたような姿は、巌(いわお)の中から出現したときの様子を表わしたもの
蔵王権現像は平安時代の前期から現れ、隆盛期は平安時代後期
蔵王権現像には木造もあるが、修羅道の山岳寺院で安置されてため、過酷状況を反映してか、銅像のものが多く、まれに鉄製の作品もある
インドに起源を持たない日本独特の像です
正式名は、金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)
または 金剛蔵王菩薩(こんごうざおうぼさつ)
そのほか、雨宝童子(うほうどうじ)や牛頭天王(ごずてんのう)など、さまざまな垂迹神(すいじゃくしん)がある
●金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)
金剛峰寺(こんごうぶじ)(奈良県)
重要文化財
安土桃山時代
像高 728㎝(中尊)、592㎝(左尊)、615㎝(右尊)
左尊は弥勒菩薩(みろくぼさつ)、中尊は釈迦如来(しゃかにょらい)、右尊は千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)の仮りの姿
右足を高く上げる
青色の身体は、慈悲を表す
●蔵王権現立像(ざおうごんげん)
奈良国立博物館
重要文化財
平安時代 12世紀
像高 30.5㎝
銅造 鋳造 鍍金
左手を腰に当て、左足は岩を踏み、右足は高く跳ね上げている典型的な蔵王権現像
●蔵王権現(ざおうごんげん)
三佛寺(さんぶつじ)(鳥取県)
護摩を焚くので、煤(すす)が下から立ち上がって付着している
●蔵王権現立像(ざおうごんげん りゅうぞう)
如意輪寺(にょいりんじ)(奈良県)
重要文化財
鎌倉時代
像高 86.5㎝
ヒノキ材の寄木造
玉眼
全身に切金を含む華やかな彩色が施されている
●伊豆山権現立像(いずさんごんげんりゅうぞう)
奈良国立博物館
鎌倉時代 14世紀
像高 43.0㎝
一木造 彩色
●雨宝童子立像(うほうどうじりゅうぞう)
金剛證寺(こんごうしょうじ)(三重県伊勢市)
重要文化財
平安時代
像高 110.0㎝
檜(ヒノキ)材 一木造
大日如来(だいにちにょらい)の化身である天照大御神(あまてらすおおみしん)が地上に降り立ったときの姿とされる
右手に金剛宝棒(こんごうほうぼう)を持ち、左手に如意宝珠(にょいほうじゅ)を持ち、頭上には五輪塔(ごりんとう)
沓(くつ)をはき、岩座に直立する
●木造牛頭天王神像(もくぞうごずてんのうしんぞう)
久麻久神社(くまくじんじゃ)愛知県
平安時代
像高74.6cm
一木造 素地
●木造牛頭天王立像(もくぞうごずてんのうりゅうぞう)
富永神社(とみながじんじゃ)愛知県新城市(しんしろし)
平安後期 11世紀後半~12世紀
像高93.8cm
一木造、彫眼、素地、ナタ彫り
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